問題解決アプローチ002

講師:蒔苗昌彦

あるべき”基準”を明らかにする

別項で述べたように、課題は、製品・サービス業務の質や量などの”基準”を前提に、「問題」と「建設的課題」の区別をつけた上で取り組むべきです。(当研修では「問題」のほうを研修の題材とします)

このように述べると、「業務の性質によっては『建設的課題』と『問題』の分かれ目となる”基準”が分かりにくく、ある課題が『問題』なのか『建設的課題』なのか定めにくい場合があるのでは?」との質問を受けます。

実は、この質問は非常に大切なことを示唆しています。なぜならば、何が貴社にとって良い状態なのか(または悪い状態なのか)、その分かれ目となる”基準”を把握または設定していなければ、問題のみならず建設的課題すら不明となり、そうした状態が続くうちにその製品なりサービスなりが徐々に衰退してしまうからです。だから、「問題」にせよ「建設的課題」にせよ、課題に取り組むには”基準”(の設定)が必要です。

逆説的に言えば、貴社の本業にとって重要な業務(そして業務により生まれる製品・サービス等)についてもし”基準”がないならば、それ自体が「問題」であり、まずはその基準作りを行う必要がある、、、ということになります。

とはいえ、製造業においては(物品としての)製品については、物理的スペック、月々の目標製造の数など、いわば定量的な基準を定めていることでしょう。しかし、世の中には、定量的な基準を定めにくい業務も数多くあります。また、定量的な基準を定めるだけでは不足な場合もあるでしょう。これらの場合、「定量的な基準以外の基準を定めるのが難しい」と思う人がいるかもしれません。

そのような業務であっても、定量的指標を設定する手法を提供するコンサルタントファーム等がいるかもしれません。また、これまでは存在しなかった手法であっても、彼らに発注すれば、定性的にしか定めることができそうもない基準を、強制的に定量的な基準へと置き換えるための新規手法を考案してくれるかもしれません。ですが、たとえ彼らに定量化手法の提供や新規考案を依頼するとしても、貴社自ら、まずはいったん、抽象的ではあるものの、いわば概念として(具体的には文章として)、”基準”を設定することをお勧めします。

ちなみに、この段階(この説明文章を私が執筆している段階)では、当研修を行う先の会社・業務・研修の題材とする問題が特定されていないので、具体的にどのような基準を定めるべきか述べることはできませんが、定量・定性にかかわらず、基準を定める際の最低限の注意点を述べるならば、それは次の通りです。

1.法律や条例等、または公共機関等で定められている基準や安全衛生基準等はその通りに基準とする。

2.前項1に該当しない場合は、市場や顧客などの要求レベルを把握し、そのレベルより少し上の基準を定める。

3.前項2の基準は、要求レベルの変動(主には上昇)に合わせ、適時、改訂を行う。

4.前項2、3の基準を定める際、改訂する際には、基準維持のための経費等と、基準を維持したことによって得られるメリットを照らし合わせ、投資対効果を見極める。

5.定量的に設定が不可能な基準については、たとえ抽象的であってもいったん概念として基準を定めた上で、その付帯事項として可能な限り具体的な指標を設ける。

特に上述の5は、この文章だけではよく分からないかもしれません。そこで事例を出しましょう。ただし、製造業にせよサービス業にせよ、守秘義務があるため、私が実際に行なってきた研修の中から事例を紹介することはできません。そこで、すでにほとんどの国民に知れわたっているであろう大規模テーマパークの業務を想定した事例を述べ、補足します。

たとえば、パーク内の屋外路面の、営業時間中の清掃状態について基準を設定する、と想定します。

この場合、「お客様が一見した程度では汚れに気づかない状態とする」という概念としての(文章としての)基準を定めます。

しかし、それだけで終わってはなりません。この概念を実現するための付帯事項として、「清掃担当者を床面○○平方メートルあたり1名配置し、○○分に1回のペースで巡回清掃する」という指標を設けます。

巡回のペースは、混雑度合いに応じて慎重に定める必要があります。つまり、混雑度合いが高いと予想されれば、1名が担当する平方メートルを狭くして巡回ペースを上げ、低いと予想されれば下げます。したがって、時季、曜日や時間帯ごとに指標を定めます。なぜならば、時季、曜日や時間帯によって混雑度合いは変動するからです。

こうして、付帯事項として具体的な指標を定めることによって、提供するサービスの質を適切に維持したり、人件費の妥当性を確保(つまり清掃担当者を人数過剰に配置することの回避)ができます。ちなみに、このやり方に実効性を持たせるには、予想来客者数をもとに清掃担当者の配置表(シフト表)を作成し計画的に管理する必要があります。

上記はサービス業の想定事例ですが、この事例を一般化して考えれば、製造業、装置産業においても、もしその工場や装置設備が巨大で床面積が広大である場合、かつ、オイルや屑類などで床が汚れる頻度が高い場合には、5Sの観点からの参考になるでしょう。

業種にかかわらず、「いつも綺麗に!」(つまり「常時綺麗にしておく」)というスローガンを現場に掲げているケースをよく見かけますが、厳密には、汚れる頻度が高い床を常時綺麗にしておくことはできません。なぜならば、汚れた箇所を発見し対処するまでにタイムラグ(時間差)があるからです。

汚れる可能性がある箇所すべてに無数の清掃担当者を常時配置し、汚れたら即時清掃するとすれば、タイムラグは限りなくゼロに近づき「いつも綺麗に!」のスローガンは達成できるかもしれませんが、まさかこのような清掃体制を敷く会社は一社たりともないでしょう。つまり、「いつも綺麗に!」のスローガンは、非現実的なわけです。やはり、上記の大規模テーマパークの想定のように、清掃巡回のペースや範囲を具体的に決めて基準を維持するのが現実的です。

また、床の清掃でなく、たとえば機械や製造ラインの日常的メンテナンスにおいても、異常が発覚してから対処するのでも間に合う工程や業務や、稼働日には技術上全く手出しできない工程や業務はさておき、「いつも正常に!」のスローガンに止まらず、所定のペースを決めた上で点検と微調整をしておく体制を敷いて然るべきです。

が、そうするにしても、あらかじめ保持すべき”基準”があってこその体制です。”基準”がないのに点検せよと言われても、微調整の必要があるか否かの判断が点検者に委ねられてしまいます。もちろん、その点検者が職人技的な判断力と調整力を持ち、その人にさえ任せておけば大丈夫、という場合もあるかもしれません。しかし、その人が就労している時間帯は大丈夫かもしれませんが、そうでない時間帯には隙ができてしまいます。こうした隙は少しでも減らすべきです。

世の中には、職人技に頼るしかない仕事も多くあるでしょう。しかし、そうであっても、会社としては職人技の持ち主に詳しくインタビューをして、具体的な基準と点検調整要領の共有にチャレンジしてみましょう。その結果、たとえ僅かであってもノウハウなりコツなりが明文化され社内共有できれば、後輩社員の育成上、有益です。


【ポイント】

・『建設的課題』と『問題』の分かれ目となる”基準”が分かりにくいと、或る課題が『建設的課題』なのか『問題』なのか定めにくい。

・重要な業務について”基準”がないようであれば、それ自体が「問題」である。

・”基準”を定める際の基本的な注意点は、
1.法律や条例等、または公共機関等で定められている基準や安全衛生基準はその通りとする。
2.前項1に該当しない場合は、市場や顧客などの要求レベルを把握し、そのレベルより少し上の基準を定める。
3.前項2の基準は、要求レベルの変動(主には上昇)に合わせ、適時改訂を行う。
4.前項2、3の基準を定める際・改訂する際には、基準維持のための経費等と、基準を維持したことによって得られるメリットを照らし合わせ、投資対効果を見極める。
5.定量的に設定が不可能な基準については、たとえ抽象的であってもいったん概念として定めた上で、その付帯事項として可能な限り具体的な指標を設ける。


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