問題解決アプローチ008

講師:蒔苗昌彦

悪影響を遮断できる対策を立案しよう!

別項でも述べた通り、「問題」への対処の基本的アプローチは、「問題」の「原因」を掴み、「原因」と「悪影響」の関係を「遮断する」もしくは「悪影響」の度合いを減少させることです。

さて、「原因」と「悪影響」の関係を「遮断する」とは、どういうことでしょうか? この言い回しを聞いて何だか変わったことのように思う人もいるでしょう。ですが、実は、これはなんら特殊なことではありません。

そこで、この「「原因」と「悪影響」の関係を「遮断する」」という考えについて、製造業に携わる方々全員が実際にご存じのはずの事例を出しましょう。それは労働災害の防止に関する事例です。

昔、産業界では、プレスの機械に片手(利き手)の指先を機械に押し潰されたり切断されたりする不幸な災害が世界中で無数に発生しました。片手(利き手)でプレスする部材(小型のもの)をプレスに入れた後、もう片方の手でプレスを実行するボタンを押す、という動作を反復している中で起きる災害です。プレスに部材を入れた後、手を機械から完全に抜き出してからボタンを押すことを、作業者は十分に分かっているにもかかわらず、動作を繰り返していくうちに、うっかり、機械から手を抜き切らないうちにプレスボタンを押してしまうというミスにより、指先を潰すという不幸な災害が続きました。同様の災害は、印刷業等の紙の裁断作業においても発生しました。

実は、私も、大学時代(1970年代)、おもちゃの製造工場でアルバイトしていた時に、類似した事故を起しました。実際には、電動プレス機での事故ではなく、「蹴飛ばしプレス」と言う名称の、足で力強くペダルを踏み込むことによって、プレスが実行される機械でしたが、あまりにも多くの部材を繰り返しプレスしているうちに、手を完全に抜かないうちに、うっかりペダルを踏み込んでしまいました。不幸中の幸い、手を完全に抜かなったとはいえ、大部分は抜いていたため、人差し指の先端の片隅が2mm程度斜めに欠損しただけで済み、その時はまだ18歳と若かったせいか、しばらくして欠損箇所はかなり盛り返し、今では見た目には分からないほどです。もちろん、当事者の私としても危ないことは重々分かっていての、うっかりミスです。

こうしたミスは、「ヒューマンエラー」が原因とされます。そして、ヒューマンエラーは、人間なら誰しも発生し得るものとされています。つまり、ヒューマンエラーという原因は人間から取り除けません。原因除去が不可です。

さて、蹴飛ばしプレス機ではなく、電動プレス機の事故に話を戻すと、産業界が災害防止のために採った対策が、電動プレス機の作動ボタンを2つにし、両方同時に押さなければ機械が作動しない、という仕組みです。両方同時にボタンを押すためには、両手が空かなければならず、つまり、部材をプレス下部へ挿入した手も完全に抜き出さざるを得ません。

この電動プレス機の労災事例を、「問題」「原因」「悪影響」の構造に当てはめてみましょう。

・「問題」は「手を抜ききらないうちにプレスボタンを押す」で、
・その「原因」は「ヒューマンエラー」
。その「悪影響」は「手を負傷する」
となります。

この「原因」(つまりヒューマンエラー)を除去できればよいのですが、ヒューマンエラーという「原因」は除去できません。「原因」を除去できない以上、次に検討すべきは、「原因」と「悪影響」の関係を「遮断」する対策です。

「遮断」とは「減少」ではありません。カタカナ英語で言うならばシャットアウト、100パーセント断ち切ることです。99.99パーセントであっても遮断したことにはなりません。そのための対策が「作動ボタンを二つ設置し、両手で同時に押さない限り、プレス機が作動しないようにする」です。これであれば、原因(ヒューマンエラー)と悪影響(手を負傷する)との関係を遮断しているため、たとえ日頃からヒューマンエラーの発生頻度が高い人であっても、このプレス作業において手を負傷することはあり得ません。

ちなみに、「問題」「原因」「悪影響」「遮断」という用語を使っての構造化による説明は私独自だと思いますが、労災ゼロの取り組みにおいて労働基準監督署の監督官等の講義を受けている人ならばご存じの通り、いわば「将棋倒しの途中の駒を抜くこと」によって「事故が起きても災害に至らない」という着想に類似する考えで、「悪影響の遮断」という行為は、「将棋倒しの途中の駒を抜くこと」と同様の行為となります。

以上、製造業でのハードウエアの事例となりましたが、次にサービス業におけるヒューマンウエアの事例も出して、「問題」「原因」「悪影響」「遮断」の関係を説明しましょう。

1950年代に開業した米国のテーマパークにおいての事例となりますが、そのテーマパークは開業当初から人気を博し多数のお客様が来園しました。多数のお客様が来園するということは、飲み物なども沢山売れ、その分、お客様が飲み物(および、その他水性の食べ物)を園内屋外路面にこぼす確率も高まることになります。

そのテーマパークでは、運営方針として安全第一を定めているため、安全確保の観点から、飲み物等水性物による歩行者の転倒防止を図らなくてはなりません。つまり、お客様が飲み物等を路面にこぼしたら、迅速に撤去する必要があります。なにしろ、ご存知の通り、米国ではすぐ高額訴訟につながる可能性があるため、路面上水性物の迅速撤去は非常に重要です。

そこで、プレオープンの時(一般公開前)、マネージャー側は、清掃担当するemployee(被雇用者)たちに路面上の水性物を迅速に撤去するよう指示しました。しかし、マネージャーがモニターしてみると、撤去されていない状態が続いていたり、撤去のされ方が不十分な状態を多く見かけました。これは「問題」です。マネージャーはさっそく状況を分析し、この問題の「原因」を掴みました。それは、屋外清掃担当者へ無条件で路面水性物を撤去したことにより、彼らは雑巾を手に持った上、屈みこんで、拭き取らざるをえなく、屈み込む動作に慣れていない人や、足腰が弱い人、プライドが高い人等にとっては、この方法には抵抗があり、拭き取りの実施頻度が減る清掃ペースが落ちるという原因でした。また、たくさんのお客様が往来する園内で、雑巾を手に取り屈みこんでいる人がいると、往来の邪魔になる以上に、夢の世界を提供するテーマパークとしては現実に引き戻すバッドショー(Bad Show)となってしまいます。そこで、マネージャーは対策として、屈み込まずに路面水性物を撤去するための(つまり立ったまま撤去できるための)用具の提供と標準作業手順(Standard Operating Procedure)の制定を行い、問題を解決しました。

標準作業手順は次のようなものです。

所定エリアの清掃巡回中、路面水性物を発見したら、その前で立ち止まり、、、

①ちりとりと箒を片側の手にまとめて持つ。
②空いたほうの手で、ポシェットから紙ナプキン(大型のもの)を取り出す。
③ナプキンを水性物の上に落とす。
④片方の足で、ナプキンを水性物に押し付ける(踏みつける)。
⑤足でナプキンを動かしナプキンに水性物を吸収させる。
⑥ちりとりと箒を元の両手に戻す。
⑦箒で水性物を吸い取ったナプキンをちりとりの中に入れる。
⑧巡回清掃を再開する。

この手順であれば立ったまま水性物を撤去できるので、清掃担当者は皆実施してくれ、「問題」は解決しました。

この事例にて、「問題」「原因」「悪影響」「遮断」の関係を構造化してみましょう。

・「問題」は「路面水性物が撤去されていない状態が続く/撤去が不十分な場合がある」であり、
・「原因」は「屈んで清掃するのが困難」
・「悪影響」は「お客様の転倒(の可能性が出てくる)」
・「遮断」のための対策は、「立ったまま撤去できる標準作業手順の制定」です。

ちなみに、この事例を述べると、必ずと言っていいほど、次のような質問を受けます。

・質問1:この手順の実行では、転倒は防止できても、園内美観の復元には至らないのでは?
・質問2:お客様が飲み物等を落とした後、巡回清掃担当者がその状態を発見するまでの間、その状態は放置されているのでは?
・質問3:屈まずに足で清掃する姿は、お客様に不快感を与えるのでは?
・質問4:経緯を知らない経営トップや他の担当領域の取締役が、たまたまその清掃方法を見かけ、清掃担当者に直接苦言を呈することはないか?

しかし、それぞれの質問は次の回答により解消されます。

・質問1への回答:このテーマパークの運営方針は安全第一なので、開園時間中は、とりあえず転倒防止さえできれば可と規定しています。なお、路面はアルファルト舗装した上で、随所にある排水溝(グレーチング付)に向かって僅かな傾斜がつけてあり、閉園後、夜間清掃にて、高圧ホースで路面全域に水を掛けた上、手動型の幅広ワイパー(ゴム製)で排水溝に水を流し込み、翌日朝には路面は乾いています。

・質問2への回答:質問の通り、清掃担当者が発見するまでの間は、その状態は続きます。上記事例はあくまで、発見したにもかかわらず、無条件で撤去せよと命じているために発生している問題と対策であり、発見するまでのタイムラグを問題とした事例ではありません。両者は別の問題、つまり、発見するまでのタイムラグの問題は、それはそれで独立した別の問題として扱うべきです。ちなみに、同テーマパークでは、園内の混雑度合い(滞留来園者数)、時季特性、時間帯特性、飲み物等の売れ行き等の諸要因を考慮した上で、このタイムラグの許容値(製造業で言えば公差)を想定し基準(サービスの質の基準)とし、その基準以下にならないよう、時間帯ごとの清掃担当者1名当たりの巡回担当面積を計算した上で要員数を定め要員配置を行なっています。

・質問3への回答:お客様からは、パークへのファンレターにて、屈み込んで清掃をしている従業員がいないことを高く評価する意見が多数届いています。

・質問4への回答:上記の清掃手順は、会社の正規な標準作業手順書として発行され、発行時・改訂時には、担当取締役、担当マネージャーによる承認の署名がされ、全取締役(ボードメンバー)が保管しています。

なお、組織運営上、特に重要なのは、問題解決のために考案された手順が承認された場合には、取締役等の権限者が、取り決めを知ろうと思った時にすぐに知ることができる仕組みを作っておくことです。そうでないと、せっかく現場で上手く問題解決したことが、経緯を知らない取締役等にひっくり返されてしまう可能性があります。だから、ぜひ、こうした情報共有の仕組みを大前提に、問題解決を図ってください。また、取締役等が問題を発見した場合には、その場ですぐさま現場を注意するようなことはせず、問題解決の取り組み状況を十分調べた上で、問題を提起すべきです。

ちなみに、私が、昔、パナソニックグループ(松下冷機)からの依頼で人事制度のコンサルタントをしていた時に同グループの管理職から聞いた話では、創業者松下幸之助さんが示唆したところによると、
「10人のリーダーならば誰よりも率先して実務を行い、100人のリーダーならばデスクにどんと座って部下の動きを眺めておき、1000人のリーダーならば自室から不用意に出ず業務がうまくいくよう神棚に祈っていろ」とのことでした。この示唆のうち1000人のリーダーのことは一見冗談のように思えますが、実に奥深い示唆だと私は思います。この規模のリーダーが、なまじ現場を視察し、なまじ問題に気づき、なまじ見解を述べると、現場が混乱します。もしそれがサービス業ならば、現場社員の気遣う先が、お客様からそのリーダーへと切り替わってしまい、サービスの質が落ちてしまいます。経営の神様、松下さんの示唆は実に鋭いですね!


<ポイント>

・「原因」を除去しなくとも、悪影響を遮断できれば問題は解決する。

・「原因」と「悪影響」の関係を「遮断する」ことはこれまでも広範に行われてきた。特殊なことではないが、実現には創意工夫がいる。

・「遮断」とは「減少」ではない。100パーセント断ち切ること。99パーセントでは遮断したことにはならない。

・「将棋倒しの途中の駒を抜くこと」は「悪影響遮断」と同様。

・ヒューマンウエア上の悪影響を遮断するには、それを可能とする標準作業手順(Standard Operating Procedure)の制定を行う。

・標準作業手順が機能するには、会社の正規な規程として発行され、全幹部による正式承認と共有が必要。


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