問題解決アプローチ014

講師:蒔苗昌彦

前提を明らかにしよう!

世の中の多くの物事や判断は、何かしらの「前提」のもと成り立っています。ビジネスにおける「問題」も同様です。

問題の「前提」として典型的なのは、別項「”基準”を明らかにする」にて説明した製品・サービスの”基準”です。そのため、或る課題が「問題」なのかそれとも「建設的課題」なのかは、定めた”基準”(つまり「前提」)で決まりますが、”基準”以外にも前提になり得る事柄が色々とあります。

たとえば、予算・必要経費などは、対策立案の際に、判断の前提となる可能性が非常に高いです。

或る問題を解決するために、或る新設備を導入するか否かを判断すると仮定しましょう。その際には、導入経費と保守費用・維持費用等が前提となり、その費用の大小次第で導入の可否が決まります。問題解決に不慣れな人・稚拙な人は、その設備を購入しようとする場合、購入費用の大小には意識がいくものの、導入後の耐用年数・保守費等を考慮しないことがあります。そのため、導入後年月が経ち、その人が他部署へ異動したり退職した後になってから、その設備が陳腐化したり故障頻度が高いため使用をやめ、廃棄するにも廃棄費用が高いためにそのまま放置されている状態となり、なぜ購入せずリースにしなかったのだろう?と後任者が後悔する場合があります。こうした失策は避けたいものです。

もっと重要な前提もあります。それは、「競合先(の想定)」と「メインターゲットのお客様や市場の要求レベル(の想定)」という前提です。問題であろうと建設的課題であろうと課題解決において製品・サービスの”基準”は必須の前提ですが、「競合先(の想定)」と「お客様や市場の要求レベル(の想定)」は、その”基準”を定める上での大前提となります。

まず「競合先(の想定)」について一大ポイントを述べれば、それは「直接競合先だけが競合先とは限らない」という点です。※以下、便宜的に「非・直接的競合先」と記します。

競合先と言うと同じ業態(たとえば、自動車メーカーならば他の自動車メーカー、ホテルならば他社ホテルなど)をまずは思い浮べるでしょう。たしかに、これらは直接的に競合します。たとえば高級自動車ならば、その車内の居心地のレベルについて、試乗者(運転者のみならず家族などの同乗者のことも忘れずに!)は他の自動車メーカーの高級自動車との比較においては明確に認識を持つでしょう。が、同時に、自動車以外の乗り物の居心地、たとえば特急列車一等車両や旅客機やビジネスクラスやファーストクラスの居心地等と、本人も認識できないまま無意識のうちに比較する可能性があります。

なぜ、本人はこれらを無意識のうちに比較する可能性があるのでしょうか? 自動車、特急列車、旅客機は「乗り物」という抽象概念においては同じ類に入っても実際の物的形態は異なることを論理的に分かっているため、「そもそも比較する必要がない」「比較はナンセンス」と意識しているでしょう。しかし、「居心地」という論理だけでは割り切れない感性的な事柄については、無意識のうちに五感(感性)が働き比較してしまうからです。

だからと言って、自動車のシートを旅客機ファーストクラスを思わせるシートへと交換すればよいわけではありません。なぜならば、そもそも、居心地とは、シート単体で決まるわけではないからです。特に後部座席に座る可能性がある家族等の同乗者にしてみれば、窓から外を眺める際の見やすさ(窓の広さやガラスの透明性)や、天井の圧迫感などを、特急電車のパノラマ車両や高級観光バスと無意識のうちに比較することでしょう。

また、車内の空気(臭い)も無意識に比較するかもしれません。電車や旅客機等は運行者の管理下にあり、通常、清掃専門の担当者によって然るべき清掃や衛生管理がなされています。自家用車における車内の空気(臭い)は所有者の自己管理下にあります。しかし、後者は前者ほどまでに管理が行き届いていない確率が高いことでしょう。そのため、ハンドルを握る人は運転に集中しているから車酔いはしない、また、日頃から運転しているので車内の臭いに慣れてしまっている、一方、同乗者はそうはいかず、窓を開けても大丈夫な季節はさておき、その臭いによって気分が悪くなり車酔いし、最悪、嘔吐に至るかもしれません。そして、今後の家族旅行は電車や飛行機、観光バスにしよう、もう自動車は嫌だ、と家族は言い出すかもしれません。さらに、それが東京のように自家用自動車以外の交通手段が非常に発達している地域でのことならば、通勤には困らないし、月極め駐車場代も高額だから、自動車を手放し二度と購入しない人が出てくるかもしれません。

サービス業の事例も想定してみましょう。上述の製造業(自動車)における無意識な比較の事例を逆にしてみると、サービス業の事例が、製造業との比較も含めた形で一つ浮上します。つまり、旅客機のファーストクラスの利用者が、他の航空会社の居心地との比較を意識するのみならず、無意識のうちに高級自動車の居心地と比較する可能性があります。それに加えて、ファーストクラスとなれば、旅客機ならではの客室乗務員による接客サービスを、他の航空会社の接客サービスとの比較を意識するのは当然として、無意識のうちに高級レストランやホテルの接客サービスと比較する可能性があります。

だからと言って、無条件で高級レストランやホテルの接客サービスを見習え、と言っているわけではありません。なぜならば、旅客機は「運航上の安全」という、接客サービス以前の絶対条件(絶対的大前提)があるからです。「運航上の安全」を守るためならば、接客サービスの項目によっては”基準”を、高級レストランやホテル以下にせざるをえない場合があります。

たとえば、料金は高いもののホットコーヒーのお代わり自由の高級ホテルのロビーラウンジがありますが、こうしたラウンジでは、給仕係が立派な銀製ポットに入れた熱いコーヒーを、お客様の傍から、丁寧に注いでくれます。もし、たとえば旅客機の接客サービスにおいて、こうしたいわば高級感演出の”基準”を高級ホテルロビーラウンジ並みにしようとして、同様の銀製ポットに熱いコーヒーを入れ、乗客の傍から注ぐようなことをしては、旅客機が揺れた時に、ポットが傾き蓋が大きく開き、大量の熱いコーヒーを乗客の身体にかけ火傷を負わせてしまう可能性があります。何しろ、こうした銀製ポットの蓋は、家庭用や屋外携帯用の魔法瓶のようにガッチリ締めることができる構造となっていません。だから、安全性の観点から、旅客機においては、銀製ポットで乗客の傍から熱いコーヒーを注ぐという演出はすべきではありません。つまり、こうした高級感演出という接客サービスの項目については、機内サービスにおいて、その”基準”を、ホテルロビーラウンジ以下にしておく必要があるわけです。

私とクライアント間の秘密保守契約に反せずに想定が可能な「直接競合先だけが競合先とは限らない」事例をもう一つあげましょう。海水浴場が多くある県の民宿の事例となりますが、昔、夏の娯楽の筆頭が海水浴であった頃、海水浴場付近の民宿は予約を取るのが大変なほど混み合いました。しかし、今では当時の面影はありません。民宿経営者や海の家の経営者たちは、同じ県内に出来た大人気テーマパークに客を奪われたと嘆きました。民宿の経営者たちは、他業態ではあるものの海水浴場もテーマパークも娯楽の場であり、かつ、同じ県内という意味で、テーマパークを直接競合先とみなし、そこに客を奪われた、と嘆いたのです。

しかし、冷静に考えてみれば、昔と異なり、テーマパークのみならず、ホテル、レストラン、カフェなどの質の”基準”は急上昇し、もしかすると、海水浴には行きたいが、サービス施設としての質の”基準”が旧態然としている民宿は利用したくない、と多くの人たちは思っているかもしれません。また、昔と比べたら、圧倒的に多くの人が自動車を所有し道路も整備されているため、日帰りで海水浴を楽しめ民宿を利用しないのかもしれません。

ともかく、民宿は個人経営であり、資本力は、巨大テーマパークに比べたら無に等しいです。諦めることでネガティブな意味での安堵を得ることが目的ならば、巨大テーマパークを唯一の競合先と見立てて嘆くのは心理的に有効な手段かもしれません。が、経営的には無効です。同じ県内テーマパークのみならず、他種の接客サービスも競合先として考慮に入れるべきです。そして、もしそれら競合先が提供する各種サービス項目の”基準”を上回ることができないと判断するのであれば、その民宿しか持ち得ないサービス項目の”基準”を上昇させた上で維持する、といった取り組みをすべきです。

さて、そこで忘れてはならないのが、上述の前提(「競合先(の想定)」)とセットで検討し条件設定すべきもう一つの前提、「メインターゲットのお客様や市場の要求レベル(の想定)」です。

”基準”を上げてそれを常に維持していかなければならず、それには費用がかかります。いわば基準維持経費が必要なのです。もしその経費が客単価を上回る状態が長く続けば、経営は成り立ちません。だから、直接にせよ間接にせよ競合先を意識して、やみくもに”基準”をあげるのではなく、検討時点でのお客様や市場の質に対する要求レベルを予測し、それに合わせて”基準”を、要求レベルより少し高めに設定することが肝要です。ここで、「少し高め」と言ったのは、基準を高くし過ぎると経費が客単価を上回る可能性が出てくるからです。

※ただし、その製品(またはサービス業務)を「見せ筋」と位置づけ、それとの抱き合わせで他の「売り筋」「売れ筋」「儲け筋」の製品(またはサービス業務)へとお客様を誘導しようとする販売作戦を取る場合は、話は別です。

「少し高め」とするのは他の側面もあります。安全衛生を除き、お客様や市場の要求レベルは必ずしも青天井ではありません。基準が少しだけ高めであっても、当面は充分満足してもらえる可能性がある項目は結構あるはずです。

たとえば、民宿経営者が直接的競合先とみなした某テーマパークですが、1980年代に開業した時、同パーク内の20世紀初頭の米国のレトロな街並み(ヨーロッパ風)を再現したとされる建物の屋内の壁紙は、凹凸の模様がある高級壁紙かのように見せかけたプリント柄の薄っぺらな壁紙でした。しかし、現在では見せかけではなく本当に凹凸模様のある壁紙が貼ってあります。開業当初は、メインターゲットのお客様(一般的な日本人)の審美眼が高くはないと想定しプリント柄であってもメインターゲットの満足は当面満たせると判断しましたが、その後彼らの審美眼が高まったと想定し、本当に凹凸ある壁紙に切り替えたのです。

しかし、このパークがメインターゲットを当時の一般的な日本人とはせず、欧州人セレブとして開業したとするならば、開園当初から、高級な壁紙を貼っておかなければなりません。なぜならば、欧州のセレブは、ヨーロッパ各地にあろう本物の欧州風古式建造物、つまりお城や王族・貴族の館やそれらを利用した美術館等、それらの地にある伝統あるホテルなどの内装で目が肥えていからです。この仮想事例においては、ヨーロッパ各地の高級建造物の内装は「(非直接的)競合先」と言えるわけです。が、もしセレブの要求レベルよりも高い”基準”でパークを建設し運営維持するならば、原価が異常に高くなり、したがって入園料も異常に高くしなければなりません。しかし、異常に高い入園料を払える人は極めて少人数でしょうし頻繁にリピートしてくれるわけでもないでしょうから、すぐ廃業、、、という結果は容易に予想できます。

ちなみに、開業当初は凹凸のないプリント柄の壁紙を貼っていたが今では本当に凹凸を貼っているテーマパークでは、当初よりも現在の客単価を高く誘導し、原価オーバーによる赤字を防いでいます。

上述からわかるように、問題解決の前提として設定が必要な”基準”、そしてその前提として想定しなければならない「競合先」「メインターゲット」「お客様の要求レベル」という要素は、相互に絡みあっています。だから、ただ単に直接競合先を想定する、とか、ただ単にメインターゲットを想定する、とか、ただ単に要求レベルを想定する、ということでは、”基準”の想定を誤る危険性がありますので充分ご注意ください。


<ポイント>

・多くの物事や判断は、何かしらの「前提」の上に成り立っている。

・大前提となるのは、(製品・サービスの)”基準”。

・予算・必要経費などは、特に対策立案の際に、判断の前提になる可能性が高い。

・「競合先(の想定)」と「メインターゲットのお客様や市場の要求レベル(の想定)」も前提となり得る。

・直接競合先だけが競合先とは限らない。


次の項目へ移る

問題解決アプローチの一覧へ戻る


 <講座の補習授業について>