問題解決アプローチ018

講師:蒔苗昌彦

推理の基本を理解しよう!

問題解決を推し進めていく各場面において提起される問題構成要素が、すでに事実確認されたものか、それとも、推理に基づく情報なのか明示することの必要性を、別項で述べました。

ともかく、簡易な問題においてならば事実確認ができる物事が多いかもしれませんが、複雑重大問題においては、事実確認ができない物事が多くあり、「推理」によって解決のプロセスを進めていかざるを得ない場合もあります。裏を返せば、事実確認ができない物事が多いからこそ、その問題が複雑重大問題となっている、もし事実確認ができることばかりであるならば複雑重大問題になっていない、とも言えます。だから、当研修の題材となる複雑重大問題を解決する過程においては、人間の思考の機能の一つとなる「推理」を活用していかざるをえなくなります。

「推理」という言葉を聞くと、「推理小説」を連想し、それは娯楽の世界の話であり、ビジネスの用語ではないと思う人を時折見かけます。が、当研修においては、この言葉はビジネスの用語としても扱います。とは言うものの、ビジネスにおける実践では、「予想」「予測」「推測」「推察」などの用語を使うことがあるでしょう。そのため当研修では、便宜的に、「予想」「予測」「推測」「推察」などの行為は「推理」と同義とします。その上で、「推理」とは「既知の事実または既存の推理を基に、未知の事態を仮定する行為」と定義します。なぜ、後半において「仮定」なのかと言えば、それは自明の理となりますが、「未知の事態」は、推理をした時点では、事実確認できていないからです。

「推理」とは「既知の事実または既存の推理を基に、未知の事態を仮定する行為」と定義。

この定義を前提とした「推理」が当たる確率を上げるには、事実確認済み情報を多く集めることが必要となります。もちろん、たった一つしかない事実確認済み情報から、未知の事態を仮定することも可能で、その仮定が当たる場合もあります。しかし、事実確認済み情報がたった一つよりも、複数のほうが当たる確率は上がります。何かの予測調査をする場合、サンプル数が多いほど予測が当たる確率が高まるのと同じ理屈です。大量生産の製品の検品において、そのうち一つだけ抜き取って検査しそれが合格していたら「すべてが合格しているであろう」と推理したとします。その推理が当たる確率は、一つたりとも検査せずに「すべてが合格しているであろう」と推理するのに比べたら、高くなります。しかし、二つ以上の製品を抜き出して検査するのに比べたら、低くなります。

一部のサンプルから全体を推理することを、形式論理学では「不完全帰納推理」と言います。形式論理学という学問ではその他に、人間が自然に身につける基本的な推理の能力として、「三段論法」と「類比推理」をあげています。「不完全帰納推理」「三段論法」「類比推理」どれもが堅苦しい印象の名称で学問の世界で利用される推理であり企業活動には関係ない、と言う人が結構いますが、それは全くの誤解です。名称はともあれ、どれもが企業活動でも使われています。

「三段論法」とは、二つの前提を基に結論を出すという形式にて成り立つ推理です。この三段論法を正しく行うための鉄則が、小概念と大概念を、媒概念である中概念が結びつける形で行うことです。たとえば、

・前提1:ソクラテスは人間である。
・前提2:人間には寿命がある。
・結論:ソクラテスにも寿命があるだろう。

この例において、小概念は「ソクラテス」、中概念は「人間」、大概念は「寿命がある(生き物)」です。そして、前提1と前提2の双方に置かれている「人間」という中概念が、「ソクラテス」という小概念と「寿命がある(生き物)」という大概念を結びつけ、結論の段(三段目)を導き出しています。なぜ、「ソクラテス」が小概念、「人間」が中概念、「寿命がある(生き物)」が大概念なのかと言えば、「ソクラテス」という概念は「人間」という概念に包含され、「人間」という概念は「寿命がある(生き物)」という概念に包含されるからです。

ソクラテスだの人間だの寿命だの使った例示で済ますと、企業活動に三段論法は関係ないとの誤解をする人がいるので、企業活動の仮想事例を出しましょう。ただし、それは、三段論法を正しく使った事例ではなく、誤用した場合の仮想事例です。

<三段論法の誤用の事例>
・前提1:TDLは、大規模テーマパークである。
・前提2:TDLは、大成功した。
・結論:(我が社も)大規模テーマパーク事業をすれば、大成功するであろう。

一見、この推理は妥当のように見えます。しかし、三段論法の鉄則「小概念と大概念を、中概念が結びつける形式」を守っていません。なぜならば、この事例においては、「TDL」が小概念、「テーマパーク」が中概念、「大成功(した事業)」が大概念に該当します。しかし、前提1と2に共通して出てくる概念は「TDL」という小概念です。つまり、中概念「大規模テーマパーク」が共通して出てきてはいません。つまり、「TDL」という小概念で、中概念「テーマパーク」と大概念「大成功(した事業)」を結びつけようとしています。だから、この推理は三段論法としては誤っています。

実際、日本のビジネス界では、日本で初めてのテーマパークTDLが成功した直後、全国でテーマパークブームが起き、一時はTDLを真似た200以上の企画が持ち上がりコンサルタント会社は大きな利益をあげたそうですが、多くの企画は頓挫したか開業したものの短期間で廃業し、TDLの他に成功した大規模テーマパークは数少ないと言われています。ブームの中、一部の事業者やテーマパークコンサルタント業者から伝え聞いた「資本家がテーマパークを始めようとする理由」は全て、上述の三段論法の誤用に基づいたものでした。

このテーマパーク事例と同様の三段論法の誤用は、たとえば次のような仮想事例とも同様です。

<三段論法の誤用の事例>
・前提1:某会社は、宇宙開発事業を営んでいる。
・前提2:某会社の宇宙開発事業は、大成功した。
・結論:(自分たちも)宇宙開発事業をすれば、大成功するであろう。

・前提1:某会社は、電子マネー事業を営んでいる。
・前提2:某会社の電子マネー事業は、大成功した。
・結論:(自分たちも)電子マネー事業をすれば、大成功するであろう。

上記の誤用事例で出た結論を信じて、同様の事業を開始しようとする人はそう多くはないでしょう。しかし、大規模テーマパークの誤用事例に基づき大規模テーマパークは必ず成功すると思いこんで資金を投じた人は多くいた、と私は推理します(不完全機能推理)。おそらくは、TDLの夢のような世界を自分でも作ってみたい運営してみたいと思い、その情熱が冷静な判断を曇らせたのでしょう。

もう一つの推理は「類比推理」です。それは、次のような推理の形式です。

<「類比推理」の形式>
・前提A:他社の甲は、
a、b、c、dという要素、および、e. 新事業○○で大成功という要素を持っている。
・前提B:我が社は、
a、b、c、dという要素を持っている。
・結論:(甲と我が社は、a、b、c、dという共通要素があるゆえ)我が社が甲と同じ新事業○○をしても大成功するであろう。

上記から分かるように、「類比推理」においては、前提Aの要素(複数)と前提Bの要素(風数)が共通していることを理由に、前提Aにはあるものの前提Bには未だない一つの要素(この事例の場合e. 新事業○○で大成功)がBにもあり得るだろうと結論しています。つまり、AB両者を比較して多くの共通点があるならば、Bに未だ無い事(or未だ確認できていない事)も得られる(or有る)だろうといった推理の形式です。

この「類比推理」を正しく行うための条件、つまり、それが当たる確率を高めるポイントは、次の通りです。
・ポイント1:共通要素のそれぞれがぴったり同じであること(全く同一であること)
・ポイント2:共通要素の数が多いこと
・ポイント3:共通要素がすべて、結論として導こうとする要素に直接関係する要素であること

また大規模テーマパーク企画の失敗事例(実例)を出しましょう。たとえば、次のようにして「類比推理」の誤用が行われたケースがありました。

<「類比推理」の誤用事例>
・前提A:TDLは、
a. 米国WD社から建設・運営ノウハウを受けている
b. 米国WD社の既存の人気キャラクターがたくさん登場する
c. 米国WD社が設計したアトラクションがたくさんある
d. 米国WD社が制作したミュージカルショーがたくさんある
e. 米国WD社が制作した大規模パレードが行われる
f. 大成功した

・前提B:我が社も、
a. 米国の会社から建設・運営ノウハウを受ける
b. 米国の会社にキャラクターをたくさん作ってもらう
c. 米国の会社にアトラクションをたくさん作ってもらう
d. 米国の会社にミュージカルショーをたくさん制作してもらう
e. 米国の会社に大規模パレードを制作してもらう
・結論:(B内のa、b、c、d、eを実行すれば)我が社のテーマパークも大成功するであろう

この事例がなぜ「類比推理」の誤用かと言えば、これは上記の「類比推理を正しく行うポイント」の2と3は満たしているものの、ポイント1の「共通要素のそれぞれがぴったり同じ」は満たしていないからです。つまり、「建設・運営ノウハウ」「キャラクター」「アトラクション」「ミュージカルショー」「大規模パレード」という点は共通しますが、「米国WD社」と「米国のテーマパーク専門会社」は異なります。皆さんも見ての通り、TDLの大成功は、あくまでも米国WD社が作っての「建設・運営ノウハウ」「キャラクター」「アトラクション」「ミュージカルショー」「大規模パレード」などです。WD社以外の米国の会社から提供されたものではありません。上記の誤用をした人は、米国のテーマパーク関連の会社ならば、同じ米国のWD社と同レベルの供給能力があると想定し、両者を全く同一に扱ってしまったのでしょう。

ちなみに、TDLの成功要素は、他にも色々とあり、その中でもビジネスとして重要なのは、年間1千万人を超える来園者を確保しなければ採算が合わずそのためには、その国の総人口のみならず、日帰り可能圏内に約3千万人以上が居住していることが必要、というマーティング上の条件です。ご存知の通り、TDLは大都市圏の交通至便な場所にあります。

人間は、「どうしてもこれをしたい」という欲求が強過ぎると、自分自身や他者を説得するため、自分の判断/推理があたかも論理的に妥当であるかのように見せかけ、そしてその見せかけに自分自身ですら騙されてしまうことがあります。これは大きな問題を誘発します。上記の、「三段論法」と「類比推理」の説明にて誤用の事例を出したのは、この問題を回避して頂きたいがためです。重大な判断をする際には、くれぐれも上記のような誤用に基づいていないか、入念に点検してください。平易に言えば、とんちんかんな推理をしないように! ということです。


<ポイント>

・簡易な問題においてならば事実確認ができる物事が多いかもしれないが、複雑重大問題においては、事実確認ができない物事が多くあるだろう。

・その場合、「推理」によって解決のプロセスを進めていかざるを得ない場合がある。

・「推理」が当たる確率を上げるには、推理の素材となる事実(確認済み情報)を複数集めることが大切。

・推理にあたっては「三段論法」「不完全帰納推理」「類比推理」の法則を守ること。


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