■職務分掌マニュアルのあり方・作り方・使い方
2‐1「プロジェクトチームの結成」
新規に職務分掌マニュアルを作成する作業を、一人の人間に押し付けてしまうと、たいてい挫折してしまう。たとえその人が該当職務に精通している人であっても、ふだんから職務を記述する仕事をしているわけではないからだ。
だからと言って、日頃からプロとして活躍している編集専門家へ外注しても、日頃からその職務の現場にいるわけではないので、インタビューに長時間を要する。職務を長期に渡り実体験してこそ理解可能となる細やかな点を、見落としてしまう可能性が大きい。
それゆえ、事務局として2名(事務局長と事務局員)、職務分掌マニュアルを作成しようとする職務に精通した人を、一職務あたり3名ほど集め、プロジェクトチームを結成することを勧める。これに編集のプロが加われば頼もしいが、当然、外注費が掛かるので、外注費を確保できない場合は、社員だけで編成したチームにて行うことになる。
なお、プロジェクトに参加する人は全員、ワープロが打つ能力が必要となるが、凝ったデザインをするわけではないので、最も基本的なワープロスキルで充分である。今や、子供でもパソコンやスマホで手早く文字入力ができる時代だから、心配はなかろう。
2‐2「プロジェクトの進行ステップ」
プロジェクトの全体的な進行ステップは、次の通り。進行にあたっては、必ずステップ・バイ・ステップで行ない、プロジェクトに関わる人たち全員が、「現在、どの段階まで進んでいるのか」明確に認識できるようにしよう。ある程度長い期間を掛けてプロジェクトを進めるだけに大切である。※1 ※2
ステップ1:準備
ステップ2:作業項目一覧表の“空表”の作成
ステップ3:作業項目の洗い出し
ステップ4:スケジュール表の作成
ステップ5:委任判定
ステップ6:規定手順書の作成
ステップ7:参考手順書の作成
ステップ8:手順以外の情報の整理
ステップ9:総論パートの作成
ステップ10:冊子化
↓
検証
↓
修正
↓
正式発行
↓
検証 → 改訂 (繰り返し)
2‐3「各ステップの概要」
ステップ1:準備
「どの職務の職務分掌マニュアルを作るのか」を明らかにするため、既存の組織図を参照し、職務単位の組織図を作ることが、準備段階の主な仕事となる。
ただし、これは複数の職務について同時に職務分掌マニュアルを作成する場合のこと。一つだけ職務分掌マニュアルを作成する場合は、この組織図作成は不要である。
ステップ2:作業項目一覧表の“空表”の作成
職務分掌マニュアルを作ることになった職務について「作業項目一覧表」の“空表”の第1案を作成する。この表は、職務の中に含まれる作業を、周期と作業特性の二面から分類したマトリクス表とする。※3
この時点では、作業項目を具体的に洗い出しているわけではないので、推理で分類を仮設定し、表を作ることになる。そのため、次のステップ(作業項目の洗い出し)を進めていく中で、分類の仕方が変わる場合もある。それゆえ、この時点でのマトリクス表は「第1案」としておく。
ステップ3:作業項目の洗い出し
「作業項目一覧表」空表の中へ、分類項目に該当する作業名称を入れていくことで、その職務が行う作業(の項目)を洗い出す。
必要があれば、補足資料として、作業のそれぞれの内容を概略的に説明した「作業概要一覧表」を作成する。特に、作業手順書を作成するつもりがない場合には、この「作業概要一覧表」を作成しておくと、個々の作業の内容が概要ながらも分かるようになるため、重宝である。また、作業手順書を作る予定があっても、それが急ぎではないならば、まずは「作業概要一覧表」を作っておいて、その後に作業手順書を作成するのでもよい。
ステップ4:スケジュール表の作成(オプション)
作業項目一覧表のオプションとして、個々の作業が、どの時期(または時刻)に行われるのか、スケジュール表があると便利な職務についてはそれを作る。この段階では「作業項目一覧表」が「案」となるので、スケジュール表も「案」となる。
ステップ5:委任判定
作業項目一覧表・案に記載された作業項目が、次のabcの分類のどれに該当するか、一つひとつ判定する。これにより、職務責任と職務権限が明確になる。
分類a. 規定作業
[定義]
組織があらかじめ定めた取り決めに従い行う作業。
分類b. 随時指示作業
[定義]
その作業を開始する都度、作業者は、管理監督者(または、その作業の方法について決定権を持つ他部署の職務)へ指示を仰ぎ、その指示に従って行う作業。
分類c. 委任作業
[定義]
作業の方法を、作業者に任せる作業。
なお、のちの「規定手順書の作成」のステップにて、この段階で行った判定が変更となる場合もある。したがって、この段階での委任判定は“仮”の判定となる。※5
ステップ6:規定手順書の作成
ステップ5で「a.規定作業」と仮判定した作業について、規定としての「作業手順書」を作成する。これを「規定手順書」と呼ぶ。手順の記述は、行動や動作を、時系列で箇条書きしたチェックリスト形式とする。
もし手順として(つまり一連の行動・動作として)規定はないものの、いくつか取り決めがあるような場合も、箇条書きのチェックリスト形式で記述する。取り決め事項の箇条書きをするわけだ。
ステップ7:参考手順書の作成
時間に余裕があり、かつ、必要性があると判断した場合は、「c.委任作業」について「参考手順書」を作成する。
「規定作業」については、規定とした段階で手順書を作成しなければならない。しかし、「c.委任作業」は、作業者に作業方法を委任するので、「参考手順書」の作成を急ぐ必要はない。参考手順書の点数が多い場合は、プロジェクトが終了した後に、時間のゆとりをみて徐々に作成し追加しくことで構わない。
ステップ8:作業手順以外の情報整理
ステップ6と7を進めていく中、そしてその後、手順以外の雑多な文書情報や、参照すべき図表・写真類を整理する。整理は、統一書式の背景紙に貼りつける形にて行う。そして、全てを「資料」のパートで扱うことにし、通し番号をつける。
もし、「職務分掌マニュアルに取り込むには不適切な形状のもの」「職務分掌マニュアルに取り込まずに独立した情報源としておくべきもの」「職務分掌マニュアルに取り込むほどではないが参考までに情報源が分かるようにしておきたいもの」等がある場合は、その資料名称と所在が判る「別冊資料一覧表」を目録として作成し、資料パートの最終ページに添付する。
ステップ9:総論パートの作成
総論パートは、最後に作成する。なぜならば、総論パートから着手すると、プロジェクトの進行が遅れてしまうからだ。が、どうしても総論を後回しにしたくない場合は、プロジェクトチーム内に、一人だけ、総論作成の専任担当を設け、並行作業をして下さい。
ステップ10:冊子化
前ステップが終了した段階で、全ての要素が揃うことになるので、それらを一つの冊子としてまとめる。冊子化に当たっての章立ては、パート1「総論」、パート2「作業項目一覧表」、パート3「作業手順書」、パート4「資料」の4つのパートで構成する。
冊子化の物理的仕様は、「片面印刷2穴バインダー綴じ」とする。
なお、紙には印刷せず、データをグループウエアしPCモニター上で閲覧するのみとする場合は、リンク機能をうまく活用することにより、この物理的仕様を意識する必要はない。
2‐4「進行上の留意点」
1)進行ペースと制作期間
プロジェクトメンバーが毎日プロジェクトに専念し、かつ、毎日ダレることなく早いペースで進行することが可能ならば、準備期間と他者検証期間を除き、その職務の範囲の広さによるが、おそらく、一つの職務あたり2ヶ月〜3ヶ月ぐらいで終えることができるかもしれない。
しかしながら、現実の企業活動においては、企業の人数規模にもよるが、その職務に精通した人を、本来の職務から外しプロジェクトに毎日専念させることは、不可能な場合がたいていだ。実際には、本来の職務の合間をぬって、制作をすることになるだろう。
この現実を考慮すれば、プロジェクトメンバーは、2週間に1日のペースで作業日を決め集合するのが適切である。
1週間に1日のペースでもよいように思えるが、そのペースだと、休暇や交替制勤務の上での調整、また、急な仕事の対応への調整が難しい。無理やり1週間に1日のペースでスタートすることにしても、急遽中止となってしまう日が発生する確率が高くなり、プロジェクトが頓挫してしまう可能性が大きくなる。
1ヶ月に1日のペースだと、プロジェクトの全体期間が異常に長くなってしまうこともさることながら、前回集合して話し合ったこと・気づいたことなどを忘れ、作業感覚も薄れ、毎回振り出しに戻ってしまい、週1回ペースの場合以上に頓挫してしまう可能性が大きい。
これらに対し2週間に1回のペースであれば、日程の変更調整もしやすく、かつ、前回の記憶や感覚が残る。したがって、2週間に1回のペースをお勧めする。このペースでプロジェクトを進行させた場合、職務の範囲が狭い職務においては、制作期間は足掛け半年から1年の間で済むだろう。職務の範囲が広く、かつ、規定とする手順書を多く作る必要がある職務については、足掛け2〜3年は掛かるかもしれない。
なお、ここでご注意頂きたいのは、上述の期間設定の話は、「一つの職務あたり」の話だ。多数の職務に関して職務分掌マニュアルを作る場合は、それぞれの職務ごとにメンバーをつけて並行作成すれば可能だが、このような場合、事務局の人たちだけは、プロジェクト期間中、専任に近いほど働きをしなければならなくなることを覚悟しておこう。
2)進捗に応じた修正
当章の2「進行ステップと各ステップの概要」で述べたように、ステップ6を終えるまで、ステップ2からステップ5の結果(「作業項目一覧表」「作業概要一覧表」「スケジュール表」「委任判定」)は、「案」の状態として扱う。そして、他者検証の中で修正し、最終的に「案」の状態を抜け出す。ともかく、プロジェクトの足掛け期間は長い。各時点での判断で構わないから、次々と仮説を立てとにかく先に進めることを優先し、各所および最終的な他者検証にて精査しよう。いわば「仮説検証方式」であるが、プロジェクトを遅延、頓挫させないために、こうした進め方を強くお勧めする。
※1:
プロジェクトメンバーが進行ステップを認識していないと、必ずと言っていいほど混乱が起きる。もっとも、これは、職務分掌マニュアル制作に限った話ではない。
※2:
これも職務分掌マニュアル制作に限った話ではないが、ステップバイステップで計画を立てることをしない人はたいてい、着々と仕事を進めることができず、いよいよ期限が迫ってから慌てる。ちなみに、こういう人には、期限に余裕がある段階では何事についても「そんな先のことを今から始めては鬼が笑う」とのんびりと構える傾向がある。
※3:
詳しくは後述するが、作業項目を洗い出しを先に行い、それを分類して一覧表を作成する方式、つまり帰納法は行わない。この方法ではプロジェクトは頓挫する。必ず、先に、作業項目一覧表の“空表”を作成し、弁証法のアプローチをすること。
※4:
個々の職務の範囲の広さ次第なのでここでは具体的な期間は示せないが、ステップ6が、最も長い期間・時間を要する。プロジェクトの全体期間の半分以上と予定しておいてよい。
※5:
当講座が示す「職務分掌マニュアル」では、具体的な役割分担と規定を伝達すること・それを通じ職務責任・職務権限を明確にすることに重点を置いている。そのため、通常の冊子作りであれば一番最初に語るべき「総論パート」を後回しとする。